年商1億円稼ぐまでの道のり

 

 

毎週毎週、岡山から愛知まで車で6時間かけ、

稼げる人と一緒にいた結果

 

 

 

給料は相変わらず手取り10万円でも、

せどりで月収50万円ほど稼げるようになっていました。

 

 

 

私はイケる!

辞めても大丈夫!!

と思い、せどりを初めて半年で会社を辞めました!!

 

 

 

 

もちろん会社の人間や両親に猛反対されましたが

関係ありません自分の道を切り開くのは自分しか出来ない

稼ぐイメージは出来ている

 

 

 

ここで会社に留まるくらいならチャレンジして死んだほうがマシだと思うくらいでした

 

 

 

 

そこから、愛知の師匠の友達で、年商1億円稼いでいる4つ年下の大阪の人に出会い、

彼の個別コンサルを受けました。

 

彼の個別コンサルはなんと80万円!!

しかし、かなりのパワーとオーラを感じ、この人に教われば絶対にもっと稼げると確信し、

24分割ですが即決で決済しました。

 

 

彼のコンサルを受ける前は自由に稼げればいいや。

楽しく普通に稼げればいいやと思っていましたが、

 

 

彼は大阪弁で

「あかん!!このままじゃ、とっしーさん死ぬで!!」

 

 

 

彼は指導者として幾人もコンサル生を見てきて、

消えて行く人と成功するしている人を見てきているのです。

 

 

当時私の仕入れの基準値は1日3万円

の見込利益が取れればいいかなっていうほどでしたが、

 

 

彼にとっては鼻くそで、

 

「あかん!!1日最低10万や!!」

 

「10万取れないなら店舗行く意味ない」

 

 

と言っていました。私の基準値は自然と同じ基準になり、

「1日最低10万行かないと死ぬ!!」

と思うようになりました。

 

 

 

そうして、どうしたら1日10万のノルマが達成できるのか自分なりに試行錯誤し、

師匠からのアドバイスをもらい、

 

 

達成できなかった時は何が悪かったのかを反省して、

次に生かしていました。

 

 

 

店舗の中古せどりをメインにやっていたので、

同じ地区は1ヶ月ほど空けないと商品が出てこないので、

自然と全国を周りながらの旅せどりをおこなっていました。

 

 

 

車中泊で旅をしていたので不審者として何度も警察の職質に合い、

車が少ないホームセンターの2階の駐車場や公園でビニールシートを広げて梱包し、

近くの郵便局やヤマト宅急便でFBA発送し、

車が空になるとまた仕入れとくり返していました。

 

 

大変でしたが、元々旅好きで、若い頃は1人バイクでテントを積んで

北海道を1ヶ月ほど旅をしていたので、

 

今まで見たことない景色や、温泉や、

ご当地グルメなどを楽しみながら稼げて最高でした。

 

そんな旅せどりを続けていましたが…

 

4話へ続く